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歴史マップの答え合わせ

第1問 2(水が足りなくなったときに使うため)

第2問 3(みなまきラボの机・椅子)

第3問 3(川) 

こども自然公園.jpg
相鉄アーバンクリエイツさん みなまき駅前.jpg
みなまきみんなのひろば(stgkHPより)2397x1600.jpg

第1問

こども自然公園

昔「本宿の大池」と言われ、徳川時代中期(1700年代)にかんがい用の池として作られたものです。

※かんがい…田畑に水を引いてそそぎ、土地をうるおすこと。(広辞苑より)

 

ちなみに…大池にはこんな昔話があります。

池には昔大きな蛇が住んでいて、人々を困らせていました。そこで、村の人たちは蛇を退治しましたが、蛇のたたりによって村人たちも病気にかかってしまったため、池の中央に弁天様を祀り、大蛇の供養をしました。それからは病人も出なくなり、村には明るさが戻りました。​​

 

参考:万騎が原小学校創立20周年誌

写真:横浜市ホームページ

第2問

南万騎が原駅 みなまき みんなのひろば

開発前の南万騎が原駅前は多くの緑がありました。

開発のため、木々を選別し、伐採したときに、伐採した木の量もかなり多く、せっかくなら、何かに使えないかということになりました。

 

その後、みんなが集まれる場所が欲しい、街路樹を何らかの形で残したいという思いから、テーブルやキーホルダー、カッティングボード、積み木、市民の森の樹名板製作へとつながり、机やいすはみなまきラボで今も使用されています。

他にも、この広場では様々な活動が行われています。

この広場には、みなまきのなかで子供たちの好きな場所、これまで知らなかった場所についてのプレートが埋め込まれています。

みなまきの好きな場所、知らなかった場所を見つけるために、昔からみなまきに住んでいる方々が、街を紹介、案内しました。

その時のまちあるきルートは人気で、今ではマップにもなっています。

​写真

  • 株式会社 スタジオ ゲンクマガイ ホームページ

  • 株式会社 相鉄アーバンクリエイツ ホームページより

二俣川駅 大屋根.jpg

第3問

二俣川駅

二俣川駅の吹き抜け空間の下には実は川が流れています。

かつて、この川によって駅の南側と北側は分断され、行き来がしにくい状態でした。再開発に当たり、いかに南北をつなぎ、行き来をしやすくするか、が一つのポイントとしてありました。

二俣川駅では、建物を工夫することによってアクセス性を高めるだけでなく、加えてイベントなどの活動を行うことにより、人々の交流を生み、つながりを広げていく、ソフト面での工夫もなされています。

今では、行き来がしやすく、便利になったと地域の方々の喜びの声もあるそうです。

他にも、この吹き抜け空間をはじめ、二俣川駅にはいろいろな思い、工夫が込められています。

昔の二俣川駅の入り口は商業施設グリーングリーンの中にあり、慣れていない人にとってはとても分かりにくかったそうです。今はこの吹き抜け空間があることで見通しが良くなったほか、駅に来た人もどこが入り口なのかが分かりやすくなっています。

二俣川駅 竹.jpg

ちなみに、バスロータリーになぜ竹が植えられているかご存知ですか?実は以前は駅前のお家に竹がたくさん生えていて、駅から出たときにそれが良く見えたそうです。竹を見ると地域の方々は「二俣川に帰ってきた」といった安心感があったため、竹を残したいといった声が寄せられ、バスロータリーに残されることになりました。

​再開発の時に、地域の方々の様々な意見が活かされているのですね。

​他にも、万騎が原のまちにはたくさんの歴史、魅力が詰まっています!

詳しくはHomeから探してみてください!

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